月読みの森

ちょうちょ・3

 三

 皆が司令室に入った時、ギシン星へと繋いだ通信に、ちょうどルイが画面に出たところだったようだ。
「どういうことですか?」
 いきなりの呼び出しに、疑問が彼女の口から漏れる。
「それは、こちらが聞きたいことだ」
「え?」
 ケンジの言葉に、何か手違いがあっただろうかと思う。
「ロゼが来た」
「ええ。それは、こちらからも連絡しました」
「だが、それだけだ」
「え?」
 もう一度、ルイの口から同じ言葉が漏れる。
「彼女からは、何の説明もない」
「どういう…」
「タケルを連れて、籠もったままなんだよ、一体全体、なんだってんだ?」
 いい加減、進まない会話にキレかけていたナオトが、叫ぶ。
「ナオト!」
「でも!」
 そのいかにも相手を責める口調に、流石にケンジがたしなめる。
 だが。
「タケル…マーズが、どうかしたのですか?」
 それに答えたルイは、震えていた。
「ルイ?」
「教えてください、マーズは、どうしたのですか?」
「倒れ、たんだよ」
「倒れた? 何時? なぜ?」
 震えながらも、ルイは問いかける。
「先刻だ。理由なんか分かるか。いきなりロゼが現れて、連れてくって…」
 それに、ナオトには答える義務はない。
 ないけれど、なにかが、答えろと急かす。
 きっとそこに…
「ロゼが、そう言ったの?」
「ああ」 
「連れていった?」
「ああ」
「何も言わず?」
「そうだ」
「ああ、おそ、かったのね」 
 それが、答え?
 けれど、その意味は、分からなかった。
 だから。
「どういう、意味だ?」
 問う。
「時間が…」
「時間?」
「マーズは、もう二度と地球には来ない。それだけよ」
 それは、そんなにも言いにくいことなのか。
 そう、聞こうとした時、口ごもるルイの声に被さるように、声が聞こえた。
「なん、だと?」
 彼らの、後ろから。
「聞こえなかった?」
 冷たい、冷たい。
「マーズは、二度と地球には来ないと言ったのよ」
 感情を、一切含まない。
 それでいて、なぜか哀しさを含んだ声が。
 その声の主は、ロゼ。
 何時の間に入ってきたのか。
 彼らのすぐ後ろにいた。
 いや、そんなことは、彼女が超能力者であることを考えれば、無意味であろう。
 だが。
 その言葉は。
 その言葉の意味、考えなくてはならない。
 無視しては、ならない。
 だから、問う。
「どういう、意味だ?」
と。
 けれど。
「地球には、モンシロチョウという白い蝶がいるのですってね」
 返ってきたのは、すさまじく見当違いなモノ。
「マーズに聞いたの。小さい頃…青虫のときはキャベツを囓って、大きくなったら花の蜜を吸うんですってね」
 一瞬、誤魔化す気かと怒鳴りかけた。
 だが。
「合理的ね」
 目が、違う。
「でも、哀しいわ」
 ロゼの目は、どこまでも哀しくて。
 嘘を言おうとする者の目ではなかった。
 だから。
「どこが、だ?」
 聞こう。
「だって、それしか、食べられないんでしょう?」
 答えを。
「それがなくなったら、どうするの?」
「そんなの、なんか代わりを探すさ」
 そう言いながら、恐ろしい予感が、胸を締め付けた。
 ロゼは、何を言っている? 
 蝶が、どうしたって言うんだ?
 今は、タケルの事だろう?
「そうね。でも代わりは、代わりよ。本当にはなれない。…違う?」
 答えられなかった。
 答えのないことを答えに、ロゼは続ける。
「それで生き延びて、青虫は蝶になれるの?」
 頼む、から。
 頼むから、そんな難しいことを聞かないでくれ。
「なれたとして、それは本当にモンシロチョウなの? いつまで生きて、いられるの?」
「ロゼ!」
「同じよ。
 マーズが地球で生きてこられたのは、奇跡よ。普通ならカプセルから出された途端に、死んでいてもおかしくないわ」
「で、でも、それくらい、調べて…」
 何とか、救いを求める。
 潜入だろう…と。
 けれど。
「殺す相手に、そんな情けをかける皇帝だったと?」
 そんなことを本気で思っているのか。
 元々、地球を滅ぼすのが目的。
 自分の命令に従えば良し。少々時期が早かろうが、目的が達せられればそれで良かったのだ。
 それを考えれば、たしかにそれはひとつの奇跡。
「でも」
 感情を含まない声が、何かを予感させる。
「その奇跡は、もう終わり。生命維持装置が、最終警告を出したわ」
「最終、警告?」
「やはり、何も言っていないのね」
 どこか諦めたような、溜息。
「ギシン星と地球、大気組成は似ている。だから、ヘルメットなしでも生きられる。これは、いいわね?」
 それは確かに。
 でなくては、ギシン星での活動は、大幅に制限されていただろう。
「それでも、人体組成は違うわ。当然、必要とされる栄養素もね。
 …貴女になら、わかるのではありませんか?」
 視線の先には、静子。
 タケルを育てた、者。
 彼女の知っているのは、些細なこと。
 彼が、小さい頃はすさまじい偏食だったこと。
 それだけ。
 それだけ、のこと。
 でも。
 彼女は何も言わなかった。
 言わずに、ただ顔を伏せる。
 どこかで、分かっていた、から。
 この子は、違うのだと。
 そこまで明確では、なかったけれど。
「彼は地球で何を食べても、それは取り込まれることはなかった。
 いえ。
 少しは、あったのかもしれない。でなくては、ここまで生きてはこれなかったでしょうから」
 言葉は、矢だ。
「それでもマーズが表面上は何事もなく…超能力まで発揮できて生きらてこられたのは、ここまで育つことができたのは、生まれてしばらくは、ギシン星にいたこと。母乳を与えられていたこと。
 それとある程度の期間、カプセルに入っていたから、でしょうね」 
 恐ろしいまでの正確さで、皆の胸を穿つ。
「でなくば、子どもの頃に死んでいるでしょうね」
 人間として最低の組成は、乳児期に形成される。
 その時に正しい栄養を正しく取れていた。
 それが、基盤となった。
 だからこそ、地球(別の星)でも生きていられた。
 違うモノから、何とか似たものを探し。
 同じモノを探し。
 在るモノと組み合わせ。
 マーズを形作ってきた(生かしてきた)。
「でも、もうダメよ」
 はっと、する。
「体が、もう限界に来ているわ。このまま地球にいたら、マーズは死んでしまう。今ですら、治療カプセルに入ることで、かろうじて命を保っているのよ」
「……喰いもんを、ギシン星のだけにするとか…」
 そうすれば、地球でも。
 そう言いかけて、止める
「…マーズが、なぜ地球に帰ってきたのか、分かる?」
 それができるなら、ロゼはそうしていただろう。
 マーズが、タケルがどれほど地球を愛しているかを知っているから。
「気づいたから」
 その彼女が、連れて帰るという。
「マーズの体は、あの時でもうぼろぼろだったの。旅立って半年ほどした時、マーズは血を吐いたわ。それで、分かった。後の半年は、ギシン星で治療してたの」
「もし、そのままギシン星で治療してたら…」
 答えは、横に振られた頭。
 確かにそうしていれば、時は遅らせられたかも…しれない。
 けれど、籠の鳥となるのは同じ。
「だから、マーズは…」
「地球に来たって…?」
 同じ籠の鳥となるのなら、最後にと。
「死ぬかもしれなかったわ」
「え?」
「本当なら、生きていくためにも治療が必要だった。それでもマーズはここへ来ることを望んだわ」
 その時間が、惜しいと。
「だから」
 たとえ、その後がどこにも行けなくなろうとも。
「約束したわ」
「約束?」
「地球へ送られたときのカプセルと、今でもマーズは繋がっている。
 だから、それが最終警告を。これ以上の治療延滞を由としない時までならと」
「それが」
「それが、生きられるぎりぎりだから」
 それでも。
「それまでなら、治療をすれば、生きられるわ。普通に暮らせるようになるまで、この後、マーズは少なくとも一年は治療に専念しなくてはならないけれど。
 それでも」
 生きては、いてくれる。
 そのために、私は来たのだから。
 その言葉に。
 絶望に、とらわれる。
 自分たちに、とるべき手段はもうないのだと。
 友を留めれば、死しかないのだと。
 友の生を望むのならば、ただ黙って見送るしかないのだと。
 その事実に。
 皆の表情が、曇る。
 絶望が、心を締め付ける。
 沈黙が、落ちる。
 けれど。
 その沈黙に、今一度声が発せられる。
 一筋の、光として。 
「あなた達は、来られるわ」
 パンドラの箱の底には、希望があるんだよ。
「え?」
 それは、誰が言ったのだろう?
「マーズはもう、どこにも行けないの。
 ギシン星の空気を吸い、ギシン星の水を飲んで、ギシン星で取れたモノしか食べられない」
 他のモノを取るということは、彼の体を弱らせるだけにしかならない。
 後に待つのは、早すぎる死、のみ。
「でも」
「…俺たちが行くのは、いいのか?」
「ええ」
 それがどんなに小さな物でも。
「来て、あげて」
 望みがあるのならば、人間は生きていける。
 生きているだけではなく、“生きて”欲しいから。
 だから。
 いつでもいい。
 来て欲しい。
 待っている、から。
 そう言って。
 ロゼは、帰って行った。
 容態が取り敢えず落ち着くのを待ち。
 タケルを。
 …マーズを、連れて。
 二度と来られないが故に、マーグをも伴って。
 家族の許へと返すために。
 家族と共に、在れるために。
 彼らに残されたのは、切り取られた一房の髪と。
 彼が日常に使っていた、細々としたモノたち。
 彼のニオイのある、モノたち。
 もう二度と、友は地球へは来ないから。
 形見として。
 来ることは、できないから。
 彼を偲ぶために。
 いや。
 来させることを、良しとはしないから。
 ギシン星に住む、友を愛する者達が。
 彼の死を望まないが故に。
 来させない。
 もう、二度と。


 それでも。

「何時か」
「ええ」
「うん」
「もちろん!」

 何時か、訪ねていこう。
 友の、許を。 





とりあえず、おしまいv
ちょうちょみてて思いついたのよねぇ

うん

感想とか在れば嬉しいなv

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